うずまきコーラはむせむせで

エレキジュース・タカハタケの徒然雑記 
<< September 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | permalink | - | -
<< 東京命日 島田虎之介 | main | 砂の香りやります >>

仰木監督へ

仰木監督が亡くなってしまった。つい数カ月前までベンチにいたのに…。突然すぎるよ。ちょっと今は言葉にもならない……。

今年、ぼくがオリックスファンで居続けようと思った理由は、間違いなく仰木さんが監督をやってくれたから。近鉄との合併、弱体化する投手陣、地味な球団体質というプラス材料がないなかでの監督受託。失敗するとわかっていても、野球人として、球界のために立ち上がってくれたことは本当にうれしかった。男だよ、仰木さん! 結果はプレーオフにあと一歩届かない4位だったけど、近年のありさまからみたら十分楽しめたし、マジックを見せてもらえた。久々に見応えのあるシーズンだった。オリックスファンとして心から感謝します。

思い出すのは95.96年のリーグ優勝。「がんばろう神戸」を合い言葉にイチローや田口、馬場やニール、平井、星野、長谷川らが躍動したオリックスファンの夢のような2年間。あの、仰木監督のファンを喜ばせる起用法は最高にエンターテイメントしてたし、イチロー、田口、長谷川らを海外に送り出した太っ腹さは、語り尽くせないくらい大きい。

きっと、もっともっと野球をやっていたかったでしょう、もっともっと、教え子たちが世界で活躍する姿を見たかったでしょう。ぼくらも仰木マジックをもっともっと見たかった。残念です。でも、今までもらった感動は忘れません。天国で三原監督と野球談義をしてください。酒はもちろん持っていってますよね?
スポーツ | permalink | comments(1) | -

スポンサーサイト

- | permalink | - | -

この記事に対するコメント

末期癌、年齢を考えると長い闘病だったのだと思う。徐々に体力が落ちていく状況なのは、まったく同じ病気、年齢的にも近い自分の父親の状況を見ていて、とてもよくわかっている。
うちの父親も、癌の宣告を受けて3年目、手術の回数は4回になる。やりがいのある仕事があるので、がんばって生きていられるように見える。とはいえ、仰木さんが激務の監督業をこなしてきたことは、奇跡とも思える。
優しく強く、頼りがいがありかっこよかった仰木監督が、影で誰にも気付かせずに病気と闘っていたことを思うと、その強さにあらためて感動をおぼえた。
kishi | 2005/12/16 6:32 PM
コメントする









Twitter
Twitter